勝利のラクロスコーチング

ラクロスコーチングのサクセスストーリー! (になればいいなぁ)

自己紹介

このブログの主の佐藤陽一と申します

今更ですが…

これまで意外とガチなことをブログで書いてきましたが、よくよく考えたら自分のことを全然書いていないことに気づきました。「てかお前誰だよ」となっている方もそうでない方も改めまして、、

岩手大学男子ラクロス部HC(ヘッドコーチ)の佐藤陽一です。

 

今回は、自己紹介がメインになりますが、そもそもこのブログはどんな想いで書いているか、さらにはこれまでの失敗の数々、今後成し遂げたいことなどもあわせて書いていきたいと思います。

 

僕としてはかなりガチで書いているブログなので、匿名性でぼんやりさせず、書いている内容に責任を持とうという決意と覚悟をもって名前や生い立ちもさらけ出そうと思います。

生い立ちと経歴

幼少期~小学校

生まれは岩手県の盛岡市です。

いたって普通の公務員家庭に生まれ、幼稚園から中学校までエスカレーターの学校に通い、なんら不自由なくフツーに過ごしてきました。

そう、まさに「佐藤」という苗字に恥じぬフツーの生活を送ってきました。

中学校

なんとなく雲行きが怪しくなってきたのは中学2~3年生くらいからでしょうか。

なんか背が伸びなかったんですよね。。

周りの友達はどんどん大きくなっていくのになんか僕だけ小さい。中学校3年生の後期で148cmでした。(毎日身長測っていたし、コンプレックスで苦しかったので今でもその148という数字は忘れません。)

あまりに小さいと感じていたので病院に行きました。

そこで提案されたのが「成長ホルモン注射」です。

これを1年間打ち続けることで背を伸ばそうというものですね。サッカーのリオネル・メッシも同じ注射を打っていたことで有名です。僕もこれをやることになりました。

 

ただ、これツラいんですよ!泣

毎晩自分で自分に注射するんですから。。

 

糖尿病の患者さんと一緒ですね。しかも当時の注射針は今と比べるとそこそこ太い!笑

だから痛い。。

初めて打ったときは大変でした。意を決して自分の太ももに注射するんですけど、痛さにビクッとなって抜いちゃって。だからもう一回刺すハメに。。

んでまたもう一回刺す。そして刺してから薬を注入するのに10秒くらいピストン部分を押し込む。これで完了です。

これを毎晩欠かさず1年間…。なかなかキツかったですね。

 

でもおかげでめちゃくちゃ背が伸びました!

病院の先生からは「注射1日目が一番伸びるよ」と言われて、その翌日身長測ったら4cm伸びてましたからね!

衝撃でしたよ。人変わりましたよ。

 

結局1年間で20cm伸びました。

その後は緩やかに伸びて現在の身長170cmになりました。

そう、身長も佐藤の苗字に恥じぬサイズになりました。

 

と、まぁそんなこともあって色々大変なことになってたんですが、高校はフツーに落ちました。笑 

注射の件は関係ないですね、多分。

さすがにこのときは自分の実家を恨みましたね。だって岩手県の偏差値1番の高校の隣に実家があるんですもん!敷地が繋がってるんですもん!

入るしかないじゃないですか。

というわけで滑り止めの高校なんて考えずに1年浪人することに…。

 

はい、ここで多くの皆さんが「ん?」となる部分です。

 

僕、高校入るために1年浪人してます。笑

 

東北地区は結構いるんですよ、高校浪人生。

だから全国的に珍しいかもしれないけど、岩手じゃそこまで驚かれません。

高校

というわけで、1年浪人して無事に実家の隣の高校に入学。

ここで軟式の野球を始めました。ちなみに中学まではサッカー部です。

 

はい、ここでも皆さん「ん?」となります。

 

そう、サッカーやってたのに突然思い立って野球を始めました。笑

でも、経験者に負けたくないという思いからそれなりにできるようにはなりました。ただ、やっぱり厳しい部分はあるんですよ。

それが

「投げる感覚がない」

ということです。

小さい頃(いわゆるゴールデンエイジと呼ばれる頃)から野球をやってきた人たちはこの「感覚」ができています。なので狙ったところに投げられるんです。これは主に手指の感覚ですね。僕はこれがないので相当苦労しました。結局最後まで満足できるレベルにはなりませんでしたが、それでも

「上達するためにどうすればいい?」

という試行錯誤が面白くて、大学はスポーツの道に進みたいと思うようになりました。

 

そして大学は落ちました。

 

もうわけわかんねぇですよね?笑

 

僕もよくわかんないですけど、受験苦手みたいです。

 

んで浪人しました。

はい、この時点で高校前の1浪+大学前の1浪で2浪になりました。

(マジで両親には申し訳ないと思いました)

 

そして1年後に早稲田に入学しました。

学部はもちろんスポーツ科学部です。

そこだけはブレずに想いをもって受験できました。

大学

大学では特にやりたいこともなく、とりあえずテキトーな野球サークルとかフットサルサークルに入ろうかなと思っていたのですが、ラクロス部に入ると決めていた浪人時代からの友人に強引に連れてかれてラクロス部の体験会に参加させられました。そこで現在早稲田のコーチをしているオギさんから熱い勧誘を受けてラクロス部に入部したわけです。ちなみに一緒に体験会に行った友人は入部して1年後に辞めました。(これラクロス部あるあるです笑)

 

ちなみに大学でのラクロスの話は次回に取っておきます。

ここが自分にとって熱い部分で語りたいことはたくさんあるので。

社会人

さて、4年間ラクロスを続けて社会人になりました。地元岩手のテレビ局に入社しまして、そのすぐ5月に岩手大学ラクロス部のコーチに就任しました。

もともとは太らないようにダイエット目的で岩手大学に行ったのですが、そのときちょうど新歓試合をやっていたんですよね。どんな感じなんだろと思って観戦してたらすぐに当時の部員から声をかけられました。

まぁクロスを持った見慣れないやつがいたら「何あいつ?」ってなりますよね 笑

そこで色々話ししてたら「コーチやってくれ」とお願いされてコーチをやることになりました。僕が早稲田出身と言ったときの部員たちの驚きっぷりは今でも覚えています。早稲田ブランドをめちゃめちゃ感じた瞬間でした 笑

 

ちなみに後で聞いた話ですが、どうやら僕の現役時代最後の試合となった関東FINAL4「慶應vs早稲田」の試合は展開も面白いし勉強になるとのことで(正直そこまで勉強にはならないと思っていましたが)、当時の東北地区で結構拡散されていたようです。

「おれそのとき普通に試合出てたよ~。点も決めてるよ~」

と言うとみんな食いついてくれました。コーチ就任してからしばらくはこの話で場をつなぐことができました 笑 

意外とこういう経歴とかエピソードはコーチをやる上では大事だったりします。最初の頃は部員たちもコーチ自身のラクロスレベル(プレースキル)を見てくるので。

僕の場合、そのときの動画のおかげで最初からある程度信用がある状態でスタートできました。東北地区で動画を拡散してくれた方々に感謝しています。

コーチ歴1~5年

コーチに就任してから3年間はとても苦労しました。

今の東北地区の学生からしたら信じられないと思いますが、当時の岩手大学は地区で思いっきり下の方だったので。それはもう色んな大学やクラブチームからいじめられましたよ。

「なんでこんな低レベルなチームにこんな大差で負けなきゃいけないんだ!怒」という悔しさ。そして「おれが出てれば…」という元も子もない悔しさ。

コーチ初期ってこんな低レベルな悔しさを感じるんですよね。

「コーチ目線」でゲームを見れていない証拠です。

 

ただ、そんなことより何よりきつかったのは岩手大は「戦う組織」ではなかったこと。

とにかくすべてにおいてアマ過ぎた。

なので1年目はラクロス指導と言うよりは意識改革から始めて(めっちゃ痛みを伴いましたが)、4年後には東北地区で優勝。

それからは現在のように決勝常連校にはなりました。

コーチ歴6〜10年

コーチ6年目は仕事の転勤がきっかけで早稲田のアシスタントコーチを務めました。ここでの気づきはコーチの在り方を考えるきっかけにもなりました。そしてその1年後には転職。再度岩手大のコーチについたわけです。

全国トップクラスの大学からド地方の大学へ。

当然早稲田でのコーチ経験は間違いなく岩手大への指導に良い影響を与えると思っていました。が、そう上手くはいきませんでした。

 

結局強いチームと弱いチームではありとあらゆるところが違うため、早稲田の選手を相手にした指導と岩手の選手を相手にした指導では大きく違っていたんですね。

 

と、そんなこんなでこの6~10年間は毎年試行錯誤の連続です。

そして全然結果を出せていません。。

本当に悩みながら毎年答えをひねり出して毎年答え合わせをしています。

自転車操業的な苦しさをずっと感じています。。

このブログで伝えたいこと

このブログを始めるきっかけになったのは先ほどの「コーチ歴6~10年」の経験からです。

一度東北地区で優勝するところまではいったものの、その後はずっと横ばいの成績、そして、何ならちょっとレベルが落ちてきている現状…。それを打開するために、これまで自分がやってきたコーチングと様々な気づき、そして理論を備忘録として残すという振り返りのためのブログを始めました。

 

ところが、ある程度書いているうちに、

「僕の考えを伝えたい!」

という思いが強くなってきて、気が付けばこれまでの経験をもとにしたコーチングの理論や考え方を紹介する感じの記事が増えていきました。(何をエラソーに!と思う記事も多数あります 笑)

ただ、ありがたいことにそれに対して良くも悪くもたくさんの反響をいただきました。

 

でも、最近になって感じたんです。

だいたいここまでの記事(約45記事)で僕のコーチ歴10年分の経験や理論、考え方は出し切ったな

と。。笑

 

というわけで僕から何かレクチャーするような話はもうほとんどありません!

 

なので、このブログはここから内容が少し変わっていく予定です。

 

具体的に言うと、

これからは今までのような「教える・伝えるためのブログ」ではなく、

「僕の発見と挑戦をつづるブログ」

にシフトしていきます。 

 

というのも、僕自身ブログをやり続けて気づいたことですが、

発信することで発信ネタを探さなければいけない

という危機感と情報収集アンテナが高まっているんです。

 

これがとてもいい発見と行動力を生みます。

 

僕自身、もともとそこまで行動力がある人間ではないのですが、このブログをやるようになってから少し行動力がアップしたかなと思います。

 

 

以上、ヒジョーに長い自己紹介になりましたが、

そんな感じで、これからはたくさんの失敗も書いていきたいと思いますし、 僕が動いている活動についても書いていきたいと思います。

 

そして最後は素晴らしい結果に到達するサクセスストーリー!

目指すはこれですね!

 

これからもコツコツ更新していきますので応援いただけると幸いです。

長文にお付き合いいただきありがとうございます。

 

佐藤 陽一